はやおきできない

頭の中で考えたことをきちんと文章にしたい。

放牧場は「自由」のわかりやすい形だとおもう

バイトから帰るとき原付に乗りながら、なぜか「自由」について考えてた。
先日下宿中の友達の家に遊びに行って、一人暮らしってなんか自由でいいよなって感じたのを思い出したからだと思う。

自由って何かなーから始まって、無責任≠自由とか、ルールがあってこその自由だよなとか、要素を出していってふと思いついたのが「放牧場」だった。
牛とか羊とか家畜を肥育するために設けられた広い場所。

私のイメージでは放牧場は柵で囲われていて、でも柵でどこまで囲われているのかぱっと見では把握できない。家畜は柵の外に出ることはできないけど、出なくても充分に生きていけるだけの広さの土地を与えられている。
食べるものはそこらへんに生えている牧草とか雑草で、好きな時に好きな場所で寝ることができる。
親や子供、同じ仲間たちと一緒に過ごすことも、離れて過ごすこともできる。
もし怪我をしたり病気になったりしたら、それに気づいた人間が手当てしてくれたり治療してくれたりする。
そんな印象。


まあ、家畜と人間を一緒くたにして考えるのはいろいろ間違ってるとは思うけど、環境だけに着目すれば、これは「自由」な世界なんじゃないかと思った。
あくまで家畜にとって、だけども。


柵は、行ってはいけない場所に行かないように制限するためのもの、つまりは規律やルールそのものだと思う。
制限する理由は、自分たちの身を守るため。外からの危険を遠ざけるため。自らの命を守るため。
でも柵内の土地の面積自体は広大で、狭苦しくない。

生きるために必要なもの(衣食住)が揃っているし、何か問題が発生した時にも頼れる何かが存在する。

仲間や親族などのコミュニティに属しているし、一定の距離を保つことも近寄ることも選べる。

「自由」のために必要な要素はもっとあると思うし、それらが複雑に絡み合って成立するんだと思うけど、放牧場っていう環境は一つの簡素な自由空間なのかなーって、原付に乗りながら思った。

その中で生活していく存在のことだけを考えるなら。